NORIANDHIRO トレイル紀行

アメリカ南西部 バックカントリーの旅

トレイルガイド 1/1
Wilderness Trip of the Sierra Nevada and Surrounding Areas ENGLISH HOME
 TRAIL GUIDE トレイルガイド
このページには,アメリカのトレイルに興味がある方のために,ヨセミテやジョン・ミューア・トレイル(JMT)をはじめとするシエラ・ネバダの登山事情や体験談を掲載しました。これから出発しようとする方に,このページが少しでもお役にたてれば幸いです。なお,本HPのジョン・ミューア・トレイルのページには,本編に関係する写真があります。そちらと合わせてご覧ください。

●● トレイルガイド編 ●●●
(1)パーミット Wilderness Use Permit (2)ヨセミテの熊 (3)山での食料保管 (4)熊に遭遇したら
(5)入山枠と予約 (6)リサプライRESUPPLY(補給) (7)交通  (8)装備 (9)降雪量と山火事
(1) パーミット Wilderness Use Permit

アメリカの国立公園や国営森林のほとんどの地域はウィルダネスと呼ばれる自然保護区で,そこでキャンプを伴うバックパッキングをする場合,パーミット(Wilderness Use Permit=許可証)をとらなければならない。ヨセミテ国立公園では,ヨセミテ・バレーや道路に沿った部分を除く95%はウィルダネスに指定されている。ウィルダネスの外のオートキャンプ場の利用や日帰りのハイキング(ハーフ・ドームを除く)では,パーミットは不要だ。
ウィルダネスは,動植物とその環境,空気や水自然を永続的に守るための自然保護区で,法的な保護のもとルールを定め,レクレーションの場として人々が利用できるようにしている。パーミットは,ルールを理解して守ると約束したバックパッカーに発行される。そのルールの主なものは次の通り。

@ キャンプサイトは,ヨセミテ・バレーや道路から一定の距離をあけた場所で,トレイル(登山道)や水源(湖や川)から30メートル以上離れた場所で行う。⇒指定されたキャンプ地があるところもあるが,条件に合えば,どこでもキャンプができる。通常は,誰かが使った場所を探す。
 
A グループは最大15人まで(クロスカントリー・ハイキングは8人で,4分の1マイル(400m)以上トレイルから離れること),ストック(馬,ラバ,ラマなど)は25頭まで使える。⇒ウィルダネスでは,人間の飼っている動物をストック(家畜)とペット(犬など)に区別している。国立公園ではハイキングでもペットを連れていけないが,森林局のウィルダネスではバックパッキングやハイキングにペット連れが許可される。 

B 人間の排せつ物は,水源から30m以上離れた場所に少なくとも15cm以上の深さに埋める。トイレットペーパーは埋めたり燃やしたりせずに持ち帰る。⇒ホイットニーのエリアでは,配布される携帯用のトイレを使う。

C 食器や洗濯は水源から30m以上離れた場所で行い,環境にやさしいと言われるものも含めどのような洗剤も使ってはならない。⇒油汚れも水だけで洗う。プラスチックの食器は,ぬめりがなかなかとれないが,チタンなど金属食器は汚れが落ちやすい。洗濯は,折りたたみのバケツかベアキャニスターに水を入れ,もみ洗いをする。水だけでもけっこうきれいになる。

D 持ち込んだ物はすべて持ち帰る。ごみは埋めたりキャンプファイヤーで燃やしたりしてはいけない。

E 水は5分以上沸騰させるか,携帯用のろ過器でこす。または,消毒薬で殺菌する。これは,アメリカに広く生息するギアルデアという微生物が引き起こす慢性下痢,腹痛,腹部膨満,疲労,体重の損失などの症状のランブル鞭毛(べんもう)虫症を防ぐためである。⇒川や湖の水はとてもきれいでそのような微生物がいるとは信じがたい。我々は,コーヒーのフィルターのようなもので小さなごみを取り除いた後,「ピュア」という塩素系の殺菌剤を使っている。以前は,携帯用のろ過ポンプを使ったが労力が大変で故障が多かった。
F キャンプファイヤーは,現存するファイヤーリング(石組み)がある場所だけで可能で,ヨセミテでは,標高9,600フィート以上(2,880m)は禁止されている。枯れ木や落ちている木のみを燃やせる。⇒誰かが作ったキャンプファイヤーの石組みがあれば,そこでたき火ができる。新しくキャンプファイヤーの石組みを作ってはいけない。ヨセミテより南では,10,000フィートから11,000フィートのところもある。キャンプファイヤーの可否は森林限界が関係し,木が少ない所では枯れ木も資源となる。キャンプファイヤーの違反は1人250ドルと高い。

G 適切な食料保管⇒一部の地域では,フードロッカーと呼ばれる鉄製の箱が備え付けられ,キャンプ中はそこに食料などを保管する。それ以外の場所では,食料はベア・リジスタント・フード・コンテナー(ベアキャニスターまたはキャニスター)というプラスチック製の容器に入れておかなければならない。これは,シエラ・ネバダ山に多く生息するブラックベア(黒熊)に人間の食料を与えないためのものである。食料のほかに,ごみや歯磨きチューブ,化粧品などもここに入れる。キャニスターは,直径約20cm,高さ約30cmの円筒形の筒で,大型のバックパックなら横に,中型でも縦にして入るサイズになっている。熊が壊せない強度と,口にくわえられない大きさになっている。ふたは,コインでロックするもの,ふたの一部を押してロックを開けるものがある。中に入る量は限られ,我々の場合,最低限度でがまんしたときは5泊6日分の食料を収納することができた。メニューをぜいたくにし,コーヒーやワインも飲みたいとなると2〜3日分となる。いずれにせよ,アルミ包装をはずし,ジッブロックの袋にリパッケージするなどスペースを最大限に生かす工夫が必要だ。

(2) ヨセミテの熊                     

「熊が出るところには行きたくない」と思う。日本では人が襲われるケースもあり,通常のハイキングでもクマよけの鈴をつける人もいる。ヨセミテやシエラ・ネバダに生息するブラックベアは,性格がおとなしく人を襲うようなことはない。が,熊は人間の食べ物に興味を示し,放置した食料やごみを食べることはよくあった。
私が最初にヨセミテを訪れた1974年,熊はキャンプ場に毎晩のように現れ,ごみ箱をあさっていた。ごみ箱は大きな鉄製で,上に向かって開くふたがついていた。熊は重い鉄のふたを開けて,中に入ることができた。私も,テントを少し留守にした時,ポールにかけた袋を破られ,中のパンを食べられてしまった。当時は,フードロッカーもなく食料は車の中に置くか,木の枝に吊るすしかなかった。
おくびょうな熊にとって,人間のいる場所に姿を現すことはとても勇気がいることだ。それ以上に人間の食料は魅力的で,簡単に手に入ることを学習すると,次第にちょっとしたすきを狙って人間の食料を奪うようになる。テーブルの上の食べ残し,ジュースや缶詰,そして,クーラーボックスを壊して中の食料を食べる。そのうち,車まで壊すようになった。食料があることがわかると窓ガラスを割って中に入る。後部のトランクにしまっても,匂いでわかる。後部座席をむしり,シートのワイアを曲げてトランクの食料を奪う。ヨセミテで最も被害の多かった98年には年間1300台の車が被害にあった。
人間の食料の味を覚えた熊は,自然界のものよりはるかに魅力的な食べ物をあてにするようになる。そんな熊が増えることは「自然をありのままの姿で残す」国立公園においては許されないことであり,人間にとっても危険である。そのため,いろいろな方策が実行された。
以前のごみ箱は,高さ1m50cmくらいの鉄製の大きな箱であった。が,熊は上部についていた重い鉄のふたを開けることができるようになった。ごみ箱をより大きく丈夫にするとともに,扉にカラビナをつけたり,取手にカバーをつけて隙間に手をつっこまないと開かないようにしたりした。キャンプサイトや駐車場,トレイルヘッド(登山道の入り口)に鉄製のフードロッカーを備え付け,バックパッキング中の余分な食料を置けるようにした。また,公園のゲートでパンフレットを配り,駐車中の車内に食料やごみを残さないこと,キャンプ場ではフードロッカーを利用することなど,正しい食料の保管を呼びかけた。公園内のホテルやロッジでも,夜間は駐車中の車の中に食べ物や匂いのする物を置かないように指導した。
かしこい熊は,無駄な努力をしない。車内に食べ物がなければ車を壊さないし,開けられないとわかればフードロッカーやごみ箱に近づかない。かつてのように,キャンプ場に毎晩のように熊が現れることはなくなった。私も,何度もシエラ・ネバダを訪れているが,公園の規則に従って,食料の保管や熊に遭遇した時の対処を行うようになってからは,熊に食料を奪われるような問題は一度もない。
「熊は敬意を払うに値する」というステッカーがあった。人は自然界で食料を得ている野生動物の営みを尊重し,熊に人間の食べ物の味を覚えさせてはいけないということだ。「熊が来る」から,きれいに食べる。わずかな食べ残しも捨てない。食器をきれいに洗い食料もごみも片づける。と,熊のおかげでだれもがキャンプサイトをきれいにする。熊はパークレンジャーの役目を果たしている。

(3) 山での食料保管                  

バックカントリー(山)では,以前「カウンターバランス」という方法が勧められていた。食料を同じ重さになるように2つの袋に分ける。適当な高さの枝を探し,ひもに石を結び付け枝に通す。片方に食料の袋を結び,上げる。もう片方に同じように食料の袋をつけ,ストックや枝で押し上げる。熊が背伸びしても届かない高さにする。熊は木登りが得意であるから,枝は,熊に簡単に折られない太さで,また,枝に乗って移動できないくらい太すぎないものだ。
やってみると大変だった。高い枝にひもを通すのは意外と難しく,何度かやってやっと成功する。ちゃんとかけないと,ひもが絡んで回収できなくなる心配もある。それに,適当な木はなかなか見つからないし,木がないところもある。もともと,木が少ない高地は熊の生息地でないが,熊は人の食料を求めて標高の高いところまで現れるようになった。

90年代,ヨセミテではじめてのバックパッキングをすることになった時,すでにキャニスターは,ヨセミテの新聞で使用を勧められていた。値段は70ドル,重さが1.2s。重さが気になり購入よりレンタルを選んだ。が,全て貸し出されていた。それより少し前にロッキーマウンテン国立公園でバックパッキングした時,食料は木の枝にぶらさげた。さほど高い木でなかったが,特に問題はなかったこともあり,単に木にぶら下げればよいと思い「カウンターバランス」の方法をよく理解せずに出発した。2泊3日で,ツオルミを出発し,1泊目はマーセド川の支流,2泊目はボゲルサン湖という計画だった。1泊目はキャンプ地の近くの高い木の枝に食料の袋をぶら下げ,片方のひもを幹にしばりつけた。最初の晩は,それでうまくいった。次の日はだめだった。夜中の2時ころ,音がして起きると,2頭の熊が食料をくわえて逃げて行くところだった。木の幹には,切られたひもだけがぶらさがっていた。

その後,自宅の木でカウンターバランスを練習した。ベアキャニスターも購入し,キャニスターに入らない分をカウンターバランスでというバックパッキングを何度か行った。当時は,どちらの方法をとってもよかった。
人がよく来るキャンプ地では,ベア・ケーブルやベア・ポールが設置された。ベア・ケーブルは,2本の木の間にワイアーロープを張ったもので,そこにカウンターバランスでぶら下げる。ベア・ポールは,先の方にいくつかフックがついている高さ4mくらいの鉄製のポールで,近くにあるフックの付いた別のポールで袋をぶら下げる。これらの方法はすべて熊に対して有効だと思われた。

ブラックベアは一般におとなしいと言われているが,車の窓を破る時は相当アグレッシブになる。ガラスを割る時,熊自身も傷つくはずだ。それにも増して人間の食料は魅力なのだ。車まで壊す熊がバックカントリーで,カウンターバランスでぶら下がっている食料を簡単にあきらめるはずがない。年々,カウンターバランスでの被害は年々増え続けた。
カウンターバランスには様々な問題があった。先に述べたように,レンジャーが推奨するような木や枝を見つけることは難しく,私がかつてとられたような技術的な欠点で,食料を奪われるというケースがある。そのうえ,熊は賢く,年々学習を重ねる。完璧な条件で吊るしても,熊は木に登り,枝をゆする,かみ砕いたり折ったりしようとする。親熊が小熊を肩車して取ろうとしたという話も聞いた。これでは,ベア・ケーブルは役に立たない。車を壊すような力で,ベア・ポールも押し倒すことができたであろう。
熊が近づいたことを知らせるために,食料と一緒に鍋をぶらさげ,熊がゆすった時に音が鳴るようにする。音が鳴れば,起きて大きな声で叫ぶ,音を出す,石を投げるなどして熊を追い払う。体のわりに気の小さな熊は退却する。が,安心して寝るとまた来る。また,起きて脅かす。一晩に何度も繰り返せば睡眠不足になるが,カウンターバランスにたよるには,これしかない。ただ,鍋の音で起きられないほど寝入ってしまうことも考えなければならない。

現在,ヨセミテでは,カウンターバランスは違法となり,フードロッカーがないところでは,ベア・リジスタント・フード・コンテナー(キャニスター)の携行が義務化されている。
キャニスターには,どのような容器に入った食料も入れる。人間の感覚で,匂いがしないからとか,開けられないと思う物も。たとえば厳重にジップロックされたもの,アルミコーティングの袋に入った未開封のフリーズドライ,ビンの飲料,缶詰も。食料のほかには,ごみや化粧品類。つまり,基本的に口に入れるものと肌につけるもの。歯磨きチューブや虫除けスプレー,石鹸,日焼け止めなども,である。が,私たちは,日焼け止めや虫除け剤は入れたことはない。日焼け止めは無香料の物を使っているし,虫除け剤もよい香りがするものは使っていないからだ。
キャニスターを正しく使えさえすれば,熊に食料を奪われることはない。正しい使い方とは,熊はキャニスターに興味を示して近づいてくるから,テントからある程度離れた場所(30m以上)に置く。熊自身はキャニスターを壊せないし,持ち運べないが。興味を示してひっかくとか,転がすことがある。朝起きて「ない」とあわてたら,10mも先に転がっていたことがあった。きちんと立ててあったキャニスターが横になっていたことはざらである。次のこつは,キャニスターを崖のそばや川,湖のそばに置かないことである。多少転がされても大丈夫な場所を選ぶことだ。

絶対にしてはいけないのは,キャニスターをロープなどでしばりつけること。ロープは熊に簡単に切られるし,ロープをくわえて運んで行ってしまう。熊のいたずらを知らせるために,キャニスターの上に鍋や石を置いたり,音が出やすい茂みの中に置いたりするとよい。また,キャニスターの内側にビニール袋をつけ,ワイヤータイでしっかりと閉じれば,匂いが弱まる効果(匂いを嗅ぎつける範囲を狭める)が期待できる。
ベアキャニスターの利用が徹底すると,熊も人間の食べ物を狙っても無駄だとわかるようになった。以前はトレイルで「熊の出没」がよく話題になったが,最近ではそんな話は聞かないし,私自身2002年を最後にヨセミテで熊を見ていない。

(4) 熊に遭遇したら                   

ヨセミテのあるキャンプ場でキャンプファイヤーの集いがあり,レンジャーが「熊に出会ったらどうするか」と尋ねた。即座に小さな子が立ち上がり「大きく見せる」と答えた。正解だ。野生動物からすれば「小さい=弱い」と見る。子供の場合は,大きく見せることが大切で,大人が近くにいれば抱きかかえる。また,大きな声を出す,笛を吹くなど音を出す。石を投げて脅かす・・・。などの方法が効果的である。以下に私たちが熊と遭遇した時の経験をいくつか述べる。

ヘッチへッチィの付近は,標高が低くヨセミテで最も熊が多く生息するところだ。熊を見たければヘッチヘッチィ行きを勧める。
そこのランチェリア・クリークでキャンプした。私たちが最も下流で他に100mほど間隔をとって2つのパーティがキャンプしていた。私たちが夕食後の散歩を楽しんでいた時,100m以上先に熊を見つけた。熊は川から一番上流のパーティの方に向かって進んでいる。そのパーティの二人は大きなキャンプファイヤーをしていたが,その時は,キャンプファイヤーに背を向け,バックパックの整理をしていた。熊の接近に気付かない。私たちは,叫んだが,滝の音にかき消されて聞こえない。熊は,キャンプファイヤーのすぐわきを悠然と歩いて行った。「火が怖くないのか?」と,思った。もう一つのパーティの連中も一緒になって声を出した。おどろいた熊は山の中に逃げ込んだ。一番上流の二人に「熊がすぐそばを通ったよ。」と教えたが,彼らは,全く気付かなかったようだ。

私たちは,一度山に入った熊が自分たちのキャンプに来るのではと,急いで引き返した。そして,すぐにたき火を始めた。やっぱり熊は山から現れ,遠巻きに私たちのキャンプの周りを歩きはじめた。私たちの姿やキャンプファイヤーの炎は熊にもよく見えるはずだが,気にしないようなそぶりでゆっくり接近して来た。熊は私たちのキャンプより下流で何かを探しているようだ。
「山に追い払おう」とタイミングを見計らって一斉に笛を吹き,石を投げた。熊は急いで山の中に逃げ込んだ。野生動物は火を恐れると聞いていた私は,熊は火を恐れないことを知った。熊は火を怖がるどころか,そのそばを悠然と歩いたのだ。そういえば,ヨセミテの新聞やパンフレットの「熊が接近してきたら」の欄に火のことは何も書いてない。

次に熊に会ったのは,同じくヘッチヘッチィのローレル湖でテントサイトを探していた時だ。1組のカップルがトレイルで凍っていた。視線の先に熊がいた。私は,急いで笛を吹いて熊を追い払って,「もう大丈夫」と言った。彼らは「はじめて熊に会った」と,どうしてよいかわからなかったらしい。

その翌日,もっとしぶとい熊に会った。早朝,わずかな気配に気付いてテントの外を見ると,熊が歩いている。テントの屋根にぶら下げてある笛を吹く。入り口に置いてある石をつかみ,熊に向かって投げる。熊は急いで退散する。が,それ以上逃げない。その熊は,私が投げる石の射程距離の外側から動かない。近づいて熊を狙うが,逃げてまた,近づいてくる。「頭のいい熊だ。」これでは食事の支度ができない。仕方なく朝食抜きでその場を離れ,30分ほど歩いた安全は場所で朝食をとった。

2002年,一家3人でJMTの全行程を歩いた初日,ハッピイアイルから10マイル先の小さなクリークのそばでキャンプをした。夕食後,キャンプファイヤーを囲んでいた時,熊が現れた。その頃には3人で役割分担ができていた。娘が笛を吹く。私が石を投げる。妻は,他の熊がいないか,周りを見張る,である。1頭を谷側に追いやった後,「こっちからも来た」と妻が叫ぶ,親子連れのようだ。更に石を投げ,笛を吹く。一度に3頭現れたのはこれが初めてだった。が,それ以降ヨセミテでは熊に遭遇しない。たぶん,食料の適切な保管やキャニスターの携行が徹底され,熊は人間の食料に手を出せなくなった。熊はキャニスターの中の食料は奪えないことを学習した。そうなれば,危険を冒してまで人間に近づくことはないこということも。

ヨセミテ以外での遭遇は,2007年。一人でタホ湖一周のタホ・リム・トレイルを歩いた時だ。タホ周辺の小さな湖,ワトソン湖の森でキャンプしていた。夜中,地面に落ちている小枝を踏みつける音がした。「熊に違いない」と,ヘッドランプと笛を用意し静かに靴を履いた。熊のいる方向をヘッドランプで照らした。大きな黒熊の目が光った。ファイヤーサークルの向こう,わずか十数m先だ。笛を吹く。熊は山に向かって逃げる。逃げる熊に石を投げながら追いかける。熊は,ヘッドランプの明かりが届かない範囲に去った。深追いしないのが原則,別の熊がいるかも知れない。ファイヤーサークルのキャニスターは無事。いたずらもされていない。ヘッドランプの明かりを頼りに再び石を集める。熊は必ず戻ってくるからだ。集めた石をテントの入り口に置いた時,再び熊が現れた。こちらをうかがっている。また,石を投げる。何発目かが,熊の近くの枯れて倒れた木の幹に当たり「コーン」と大きな音が響いた。その音に熊は驚いたのか,今までにない大きな動作で後ろ向きになり,大慌てで走り去った。時計を見ると午前2時。しばらく様子を見たが,熊は戻ってこないようなので寝る。熊を追い払ってすっきりしたかのように,5時の起床までぐっすり眠った。初めて熊に会ったときは,興奮してなかなか寝付けなかったが,もう慣れてしまったのだろう。

朝,キャニスターをみると斜めになっている。水気をとるために乾かしていたドリップ・コーヒーの粉が倒れて石の上に粉が散らばっていた。キャニスターは無事だし,コーヒーの粉を食べた様子もなかった。熊はその後も現れてキャニスターを倒し,コーヒーの粉を散らかしたのだろう。
熊を追い払うには,たき火の効果はなく,大きな音を出したり石を投げたりするなどして脅かすこと。熊は,何度追い払っても,食料を奪うか,奪えないと理解するまで戻ってくる。キャンプサイトで食料を守るには,キャニスターを使うのが最もよい方法である。

(5) 入山枠と予約                    

ヨセミテなどジョン・ミューア・トレイルに沿った国立公園やナショナルフォレストでは,それぞれのトレイルヘッドと呼ばれる登山口から,1日あたりの入山者の数が決まっている。それらの枠の中でパーミットは発行される。例えば,ヨセミテ・バレーのハッピィアイルからジョン・ミューア・トレイルの全行程を歩くパーミットは,そこからマーセド湖やサンライズ方面と同じ枠で10人となっている。そのうち6割は24週間前からの予約で,残りの4人分は,出発日の前日の午前11時から先着順で発行される。パーミットが取れず日程に余裕がない人は近くのグレーシャー・ポイント(10人)や先のツオルミ・メドウス(40人)から出発するケースもある。

予約の方法は,ウェブサイトhttp://www.nps.gov/yose/planyourvisit/wildpermits.htm のページを開き
3. Apply for a wilderness permit reservation の Learn more about how to make a reservation をクリック。
Fax (preferred) の reservation form [400 kb PDF] をダウンロード。 trailhead map や full trailhead report も参考にする。
Wilderness Permit Reservation Application をプリントし,ファックスか郵送で送る。電話も可能であるが,電話はなかなかつながらないし,ファックスでの処理が優先される。予約は24週間前(168日)から受け付ける。
申込書の主な記入内容は,
1 Entry Date & Entriy Trailhead ⇒ 入山日,入山口を第3希望まで書く。
2 Exit Date & Exit Trailhead ⇒ 下山日,下山口を第3希望まで書く。
3 Number of People ⇒ 参加人数
4 Minimum Number of People Acceptable (if applicable) ⇒ 参加最少人数が記入できれば書く
5 Number of Stock Animals & Type ⇒ 0と記入。ストックは家畜で,馬やラバ(馬とロバの合いの子)ラマ(アルパカ)のこと。
  犬はペットで国立公園では連れて行けないが,ナショナルフォレストであれば同伴可能。
6 Is this a guided or organized trip? YES NO ⇒ ガイド旅行でなければNoにチェック。
7 I would like to walk to the top of Half Dome while on this overnight wilderness trip, please reserve Half Dome Permits for an additional $8 per person payable when I pick up my wilderness permit. (Check) YES NO ⇒ ハーフドームに登りたいかどうかを記入する。
  JMTはハーフドームの頂を通らないのでNoにチェック。もし,登りたければYesにチェックし,追加の料金を納める。
8 Trip Leader Information ⇒ メールアドレスを明確に書くこと。翌日くらいにメールで返答がある。
9 Fees/Payment ⇒ 料金はパーミットごとに5ドル+1人当たり5ドル。

予約がOKなら確認書がメールで送られてくる。それをプリントして,出発日の前日か当日の午前10時までにウィルダネスセンター
でパーミットを発行してもらう。出発日の午前10時を過ぎるとキャンセルされ,11時の先着順の枠に回される。遅れるならば電話を入れる。
予約確認書は,パーミットでないので注意。

(6) リサプライRESUPPLY(補給)        

ジョン・ミューア・トレイルの総延長は211マイル=約350qと長い。私たちは全行程踏破を2回行った。1回目は17日。2回目は16日であった。20日あればのんびりできると思ったが。11日で歩いた人や,6日で歩くという夫婦にもあった。加藤則芳氏が著書「ジョン・ミューア・トレイルを行く」を書いた時はNHKの取材を兼ねていたので30日を費やした。(そのためか,途中で会った日本人の学生はわりとのんびり歩いていた)
いずれにせよ,全行程分の食料を持っていくことは大変だ。途中で何度か補給することをリサプライRESUPPLYと呼んでいる。リサプライには食料だけでなく,燃料やティシュ・ペーパー,電池なども補給する。私たちは,ハッピィアイルを出発する時1泊分の食料を持った。ハッピィアイルからサンライズへは,標高が低くて気温が高くJMTでも最も傾斜がきつい登りが12マイル続く。荷物は軽いほうがよい。

最初の食料補給点は,ツォルミ・メドウスのウィルダネスセンターの駐車場にあるフードロッカー。レンタカーで回りあらかじめ入れておく。車がない場合は,夏の間だけの臨時の郵便局があり,日本から局留めで送ったこともある。ここで4泊分の食料を補給する。

次は,レッズ・メドウスReds Meadowsの食料品店。ここは,1個につき1ドルで預かってくれる。レッズ・メドウスはスキーリゾートのマンモス・レイクスMammoth Lakesの奥,デビルズ・ポストパイル国定公園Devils Postpile National Monumentにある。車で行く場合,マンモスから先に国定公園の料金所があり,午前7時に料金所が開くと同時に自家用車通行禁止になる。それ以前に通過し,8時に店が開くのを待つ。帰りは,入園料15ドルを料金所で払う。車がない場合,ヨセミテ・バレーからマンモス・レイクスへはバスで行ける。マンモス・レイクスからシャトルバスに乗り換えてレッズ・メドウスに行く。ここに4泊から5泊分の食料を預ける。

最後の補給地点は,レコンテ・キャニオン。ここへのリサプライは,ビショップBishopの近くのサウス・レイクのパッカー(パックトレインともいう。馬とラバによるツアーと配送業者)に配達を頼む。サウス・レイクへはバスはなく,車で行くしかない。レインボー・パックトレインというこの業者は,6時間かけてビショップ・パスを超えてレコンテ・キャニオンに来る。私たちに荷物を渡し,そこでキャンプをして次の日帰る。ごみを持ち帰ってくることや手紙などの投函も頼める。料金は約500ドルであった。高いがレッズ・メドウスからホイットニーまでの中間地点に当たるので,ここに3度依頼した。

シエラ・ネバダには伝統的なパックトレインがいくつも存在し,山の中でよく会う。彼らの仕事は,日帰りや数泊の乗馬のツアーで,前後にインストラクターが付き添い,乗馬を教えてくれる。泊りがけのツアーは,テントの設営から料理までパッカーがやってくれる。また,デイバックだけで歩き,あとの荷物を運んでもらうこともできる。また,ホース・キャンプという臨時のキャンプ村を設け,客を馬で運んで数泊のキャンプをさせるものもある。

レコンテ・キャニオンから1日かけてサウス・レイクまで歩き,ビショップまでヒッチハイクで往復して食料を調達したという話を聞いたことがある。日程に余裕があれば,工夫次第で節約できる。
ほかの補給地点として一般的なのは,ミューア・トレイル・ランチで,我々の足でレコンテ・キャニオンより2日前,レッズ・メドウスから3日目の行程にある。トレイルより少しそれたところにあるランプのロッジで,交通は馬か歩くしかない。そこは,バックパッカーのリサプライを1個につき40ドルで預かってくれる。車道からランチまで1週間に1便しかラバが往復しないため,余裕をもって送っておかないといけない。

食料計画で注意することは,アメリカへの入国時に肉製品は持ち込み禁止だということ。現地で調達することになるが,REIで事前に注文し店で受け取ることにしている。山用品の店は,ヨセミテ・バレーに2つ,ツォルミ・メドウスにも1つあり,ガスカートリッジやフリーズドライ製品をはじめ一般の山岳用具を購入できる。

(7) 交通                         

車社会のアメリカでは,車で移動することが一般的で,車がないとどこに行くにも不便だ。そのため,私たちは,ロサンゼルス空港からレンタカーで移動する。駐車中の料金を節約するには,マーセドMercedで車を返し,バスでバレーに向かう。大手のレンタカー会社は21歳以上でないとレンタルできない決まりがある。若い方には,アムトラックAMTRAKを勧める。鉄道と連絡するバスがサンフランシスコとロサンゼルスからヨセミテをつないでいる。

夏の間,ヨセミテ・バレーからグレーシャー・ポイントやツオルミ・メドウス,そして,マンモス・レイクスなどへ,定期バスが運行している。これらを利用すれば,ヨセミテ・バレーに車を置いて,ツオルミ・メドウスから歩いて戻るバックパッキングができる。
ジョン・ミューア・トレイルを全行程歩いてホイットニー・ポータルに降りた場合は,帰りの交通は不便だ。
以前はグレイハウンドやコンチネンタル・トレイルウェイのバスがアメリカ大陸を縦横に走っていた。ホイットニーのふもとの町ローン・パインへもロサンゼルス〜リノReno間の定期便があったが,今はない。現在は,ローン・パインからESTA(Eastern Sierra Transit Authority)の小型バスが395号線に沿って走っている。そのバスで,マンモス・レイクまで行き,マンモスからヨセミテ・バレーへの往復バスYARTS(Yosemite Area Regional Transportation System)で戻る。

ESTAのバスは月〜金の週5日,ローン・パインを6:15 AMに出て,マンモス・レイクスのマクドナルドに8:20 AM着。マクドナルドの隣のShilo Innから8:30 AM発のYARTSのバスに乗ると,ヨセミテ・バレーのビジター・センターへは12:05 PMに到着する。YARTSは7月と8月は毎日,6月と9月は週末のみ運行されている。ESTAは,8:30 AMと5:00 PMの便もあるので,前日マンモス・レイクに着いて,森林局のキャンプ場に泊まるか,マンモスRVパークに泊まって翌朝YARTSに乗る。ただし,8:30 AMの便はビショップ発が1:00 PMで,4時間半待つことになる。

土日のローン・パイン,マンモス・レイクス間の公共交通手段はない。また,ホイットニー・ポータルからローン・パインまでの12マイルは,歩くか誰かに乗せてもらうしかない。

ジョン・ミューア・トレイルの長い道のりを歩いていると,何度も出会うハイカーと自然に友達になる。私たちは,レッズ・メドウスからほぼ同じ行程で歩いていた3人のグループに,ポータルからシャトル(バス)を頼んであるから乗ってかないかと勧められたし,ある日本の学生は途中で知り合ったハイカーにロスアンゼルスまで乗せてもらったと言っていた。
大変だと思った例は,アメリカ東部から来たカップルで,ジョン・ミューア・トレイルをホイットニー・ポータルまで歩いた後,再びホイットニー山を越え,反対側のバイセイリアへ行き,そこからバスと鉄道と飛行機で戻るという。また,ホイットニーからヨセミテを目指して歩いていた夫婦は,奥さんをホイットニー・ポータルで下した後,ご主人がヨセミテに車を置きに行き,そこからヒッチハイクでもどったという。それぞれいろいろな方法で交通手段を確保している。

(8) 装備                       

ヨセミテは標高1200m。軽井沢か上高地あたりと同じような気候だ。3500mを超える地点や谷間では日の出前は氷点下に冷え込む。テントの中はそれより3〜4度暖かいが,それなりの寝袋や防寒具は必要だ。

日本人にとって一番慣れないのは,先に述べたベア・レジスタント・フードキャニスターだ。フードキャニスターは国立公園局によって承認された物を使う。REIで売られているものはその中に入る。買うなら透明のBEAR VAULT BV500で,他のものに比べて軽く,容量が大きい。現地でレンタルが可能なものは,黒いGARCIAで,一週間5ドルだが,保証金95ドルが必要だ。

次は,水の浄化。ポンプ式のろ過フィルターをよく使ったが,重くてかさばって,フィルターがつまったり故障したりする。第一労力がたいへんだった。今では,バンダナやコーヒーのフィルターのようなもので小さなごみを取り除き,塩素系の殺菌剤(ピュア)で消毒する。軽くて便利なので10年くらいこの方法を使っている。この方法は,シエラ・ネバダでは,どこでも澄み切ったきれいな水が手に入いるということを前提にしている。単にジアルジア((1)のE参照)を防ぐものだ。大雨が降り,川にどろ水が流れ込んだ場合,ポンプ式のろ過器でないと水をきれいにできない。殺菌剤しかない場合,大雨が降り始めたら川が濁る前に水を確保しておくこと,たいてい翌日には川の水はきれいになる。

防虫ネットと虫除け剤も必需品だ。シエラ・ネバダの春(7月から8月上旬)では,ほとんどの場所で朝夕蚊の大群に襲われる。昼間でも草原できれいな花を撮るため立ち止まると,たちどころに数十匹の蚊に囲まれる。朝は日が昇った直後の7時から8時,夕方は日没直後の8時から9時が最もひどい。それ以外の時間は草原などを除いてひどくない。食事の時間は朝夕ともそれ以前に済ますようにして,夕方キャンプファイヤーができるなら煙で追い払うことができる。虫除け剤はいろいろなものが売られている。天然素材のものは肌にやさしいが,効き目が長く続かない。強力なものは肌に直接つけないで衣服につけるようにするとよい。防虫剤が塗られたハイキングウェアもある。防虫ネットは帽子の上からかぶり,顔を守る。蚊のひどい時はテントの中で過ごすのが一番だ。

乾燥した好天が続くシエラ・ネバダでは,紫外線除け,リップクリーム,スキンケア,帽子が必要で,何もしないと2〜3日で唇と手にひびわれができてしまう。以前は半袖,半ズボンだったが今は長袖,長ズボンが安心できる。
燃料は現地で購入することになる。ガスが一番多く使われており,今は各社とも共通のバルブなので,どのメーカーのものを持ち込んでも安心できる。氷点下で使用することがあるので,寒冷地仕様を選ぶことがポイントだ。最新の燃焼効率のすぐれた器具を使えば,以前の倍近くガスが長持ちする。

シエラ・ネバダでは,夏の間乾燥した天気が続き,雨はほとんど降らない。降っても長く降ることはあまりない。ジョン・ミューア・トレイルの全行程2回歩いたが,雨は一滴も降らなかった。が,雨は降る時には降る。別の年には,雷の後,激しい雨がひょうとともに降り,トレイルはたちどころに川になり,バックパックの中身のほとんどが濡れてしまった。雨が少なくても,レインコートやザックのレインカバーは持っていくようにしている。テントも,フルカバーのフライ付きのものを使っている。

(9) 降雪量と山火事                  

その年の冬と春の降雪量が夏のトレイル・コンデションに大きく影響する。雪の多かった2011年は,7月の終わりから8月のはじめにかけてJMTの多くの峠道は雪に覆われ,峠を越すのに時間がかかり,道に迷う可能性もあった。標高の低いとこでは,川の水かさが増し,橋のない川を渡る時に特に注意が必要だった。転んで腕を骨折した人に会ったり,レンジャーから岩場ですべって歩けなくなった人の救出劇を聞いたりした。

私たちは,8月の初めから中旬にかけてシエラ・ネバダを訪れることが一番多い。その年の雪の量=雪解けの時期によって景色がずいぶん違う。雪解けが遅いと「春」で,まだ草原が緑で覆われ花が咲き乱れてきれいだ。ただ,蚊が多くてずいぶん悩まされる。雪解けが早いとすでに夏の終わり「秋」を感じる。蚊はほとんど姿を消し,花は終わり草原の草は枯れている。この時期,乾燥した状態が長く続くと落雷による山火事があちこちで起こる。8月の後半にJMTを歩いた時,遠くの山火事の煙で景色がかすんでしまったことがあった。風向きが変わって青空は元に戻ったが,私たちより少し遅くなった人は,通過直後のトレイルが火事になり,キャンプ地で煙を間近に見たとか。それ以降のハイカーは,トレイルが通行止めになったため,何日も歩いて遠回りをしたとか,困ったことになる。

ヨセミテなどでは,落雷などで自然に起こった火事は道路や公園の施設に被害が及ぶ以外は自然に収まるのを待つ。火事が起きると広範囲の森が失われるが,火事を逃れた種が芽吹き,いずれ元のような森になるという。自然の営みが尊重されているのだ。





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